序章
当時私はとあるファッションストアのバイヤーを勤めていました。年に10日~2週間程度の海外買い付けを4回ほどこなし、土日の区別もなく、働きづめでした。
特にバイトという職種を目指して勉強をしたわけでもなく、ファッションが大好き、というモチベーションがあったわけでもなく、ただただバイヤーという響きに憧れて日々仕事に励んでいました。だけど語学に堪能だったわけでもなく、ファッションセンスも際立って優れていたわけでもなく、そんな自分に自信を持てずただ忙しさにかまけて自分の部屋には寝に帰るだけ、という生活に違和感を感じるだけでなく、こんな私が会社の業績に関わるような重要な職務についていいのか、悩む毎日でした。
真冬のニューヨーク出張
ある冬のシーズン、お決まりの極寒のニューヨークファッションウィークへ向かうフライト中、自分を肯定できるような事件が起こりました。
いつものように英語の能力が中途半端だった私は映画に没頭できるわけでもなく、機内でそわそわと英語のフレーズの勉強をしていました。同僚たちは現地での激務に備えて睡眠を取ったり、機内上映の映画を見てそれなりに窮屈なフライトを乗り切っています。
私はといえば、シチュエーションごとの英語での会話をああでもない、こうでもない、と英会話教室での授業を思い出しては独り奮闘していました。
一息つこう、辞書を置いて放心状態に。
と、いつものように自分はこの仕事に向いていないんじゃないか、もっと優秀な人がこの職務につくべきでないか、日常的に思い浮かんでは頭のそこに溜まっていくようなネガティブな思考にとらわれ始めたのです。気
分転換しよう、と席を立ち、フラフラと機内のガレージを目指して歩き始めたとき、ふと窓の外を見るとグリーンのオーガンジーのカーテンのようなオーロラが上空に現れていたのです。
フワフワとまるで風になびくように形を変えてひらめくオーロラは、まるで私の存在を肯定して、応援するかのように旗を降ってくれているかのような暖かくて何か尊い存在のように思えたのです。
だんだんと薄れはじめて消えてなくなるまでは数分の出来事でしたがはっと気がついた時には涙が頬を伝っていました。そばを通りかかった白人男性が、怪訝な表情で私を見ていたのを覚えています。
オーロラに救われて
その出来事以降も相変わらず悩んだり落ち込んだり、仕事をこなしながらも日々葛藤していましたが、あのオーロラのことを思い出すと何か神秘的な存在が自分を支えてくれているような気がして、その後10年近くに渡ってバイヤーという職務をまっとうすることができました。
数年前には配置転換で現場は退きましたが、あの存在のおかげで、ひとくぎりのキャリアを築くことができたのだと思います。
海外出張時、先輩、同僚、後輩たちが、強盗やスリにあったりロストバゲージにあったり、ありがちなトラブルに見舞われることが多く、皆それぞれ苦労を重ねていた中、私はそういったトラブルに巻き込まれたことが一度もないのも不思議ですが、なぜか納得がいくような気持ちにもなるのは見えない存在に守られているという感覚を常に感じていたせいでもあるのでしょう。
現在のわたし
さらに数年を経て、いまでは会社を辞めてフリーランスのデザイナーとして活動を始めたばかりの私ですが、今度はフリーランスという仕事の不安定さを意識しつつも、夢と希望に溢れています。そしてもう一度、あの神秘的な存在に勇気づけてもらうために、北欧への旅を計画しています。
私を導いてくれた神秘的存在を確信するために再び旅立ちたいのです。
そして今の私が過去の私と違うことは、今度の旅は一人ではない、ということです。