ピンチから救ってくれたアジアの絆

あれは3月のことでした。チューリッヒに留学していた恋人に会いにスイスを訪れていた時のことでした。

当時二人とも学生で、物価の高いスイスをどうにかこうにかして貧乏旅行をしていたのが良い思い出です。

北から南へ

スイスの留学生である恋人は電車のチケットが無料になる割引券を持っており、せっかくだからと休日に遠出をする事にしました。

春という事で気候も穏やかではありましたが、ドイツとの国境に近い北のチューリッヒより、イタリアとの国境に近い南の方が暖かいとのことで、イタリアとの国境の町に行く事にしました。

ドイツ語圏からイタリア語圏へ移動したということもあり、街を歩く人の雰囲気がガラッと変わり、まるで別な国に来たかのような感覚でした。

湖も美しく、イタリア風のジェラートやパスタも楽しむことができ、大いに満足していました。

バスを乗り継いで目的の渓谷へ

私たちが訪れたその町は特に何があるというわけでもありませんでしたが、自然と調和した街並みがただただ美しく、時が穏やかに流れていて、あっという間に時間が過ぎて行きました。

この旅の一つの目的として、イタリアとの国境付近にある渓谷を訪れる事にしていました。その渓谷に行くにはバスを乗り継がなければいけず、電光掲示板もなくアナウンスもない私たちは目的地の少し手前で間違えて降りてしまいました。

お金はないけれど時間はある私たちは、それでもなんとか歩いて行けるだろうと、GPSと地図を頼りに目的地まで歩こうとします。

ところが、山あいの車しか通らないような道でしたので、長距離歩くには大変不便で、途中で断念するか話し合う事になります。

たまたま居合わせた地元の方によると、バスで目的地までたどり着いても、あと半日歩かないと目的の美しい景色は見られないとのことで、私たちは泣く泣く諦める事にしました。

夕方の山あいでふたりぼっちに

少々残念な気持ちもあったのですが、そこまでは良かったのです。

私たちは帰りのバスに乗ろうとしますが、降りたバス停は遥か遠く。地図上にバス停の情報があるわけでもなく、途方にくれる事になります。

あたりには民家が数軒見えるだけで、その他に目につくものといえば川と雄大な山々。徐々に暮れて行く空がますます不安を煽ります。いくら暖かな陽気の春とはいえ、野宿をするとなると話は別です。幸い車通りはそこまで悪くなかったため、私たちはヒッチハイクをする事にします。

ところが、スイスでのヒッチハイクはなかなか上手くいきません。

恋人の見た目は中東系の顔に近く、私は典型的なアジア顔。スイス人からしたらきっと珍しく、警戒心もあってか誰も止まってくれません。

どっぷりと日が暮れて、ようやく一台の車が止まってくれました。その車から出て来た地元のスイス人の旦那さんと、その奥様でベトナム人の女性が、ご好意で町まで送ってくれるとのことで、ありがたく乗せていただきました。

ベトナム人の女性によると、彼女はその地に住み続けて数年になるそうですが、アジア人を見たのは初めてで、すごく嬉しかったそう。観光のお仕事をなさっていた彼女は、私たちを送るだけではなく地元の色々な場所を見せてくれました。

今でも続くやりとり

私も恋人も旅行が大好きで、SNSに旅行の様子をあげたり、日本や滞在先の風景やお祭りなどを紹介することが多いのですが、観光業に携わっている彼女も同じようにSNSに情報を載せてくれます。

たった数時間しか一緒にいませんでしたが、あれから数年経った今もお互いの投稿にコメントしたりメッセージを送りあったりしています。

いつか私も彼女のように、困っている旅人がいたら手を差し伸べてあげたいなと思います。