隣室から鶏の鳴き声
もう40年位も前のことですが、フィリピンのセブ島に滞在していた時のことです。
そのホテルは、「ダイヤモンドホテル」といって、一応セブ島一番のホテルでした。そこで出会った出来事は、日本では滅多にお目にかかれるものではありませんでした。
まず、宿泊していると、明け方に隣室でニワトリの声が鳴き響きます。何ごとかと飛び起きると、それは本物のニワトリの声でした。
「コケコッコー!」と朝の刻を知らせる声だったのです。
私はびっくりしてホテルのボーイさんに訪ねると、それは、ニワトリを闘わせる闘鶏の業者が、自分のニワトリと一緒にホテルに宿泊しているとのことでした。とはいえ、このホテルは当時セブ島では一番のホテルで、会場には回転するスカイラウンジがあるようなホテルで起こっている出来事なのでした。
鏡台からは鼠が飛び出す!
また、まだびっくりすることがありました。
鏡台の引き出しを開けると、何とネズミが飛び出したのでした。その件でホテルに苦情を言っても、暖簾に腕押し。謝罪すらしてくれません。
そこで切れた私は、ホテルをチェックアウトするとタンカを切り、迷惑をかけた分少し値下げをするよう談判をしました。
しかし、フロントは全く動ぜず割引もなし。
謝罪もなし。
とうとう若かった私は「あなたのところだけがホテルではない」とタンカを切ってホテルを飛び出し、太陽がギラギラ照りつけるフィリピンの炎天下、セブの町中をホテル捜しに走り回りました。
しかし、現在のレベル以上のホテルは見つからず、結局、すごすごと「ダイヤモンドホテル」に戻ってくるしか術はありませんでした。
回転スカイレストラン
このホテルに戻ってきたお陰でいいこともありました。
ホテルの最上階は回転式展望レストランラウンジを備えていました。それは、東京の「ホテルニューオータニ」と設計者が同じだとオーナーは胸をはっていました
。私は同ホテルに滞在している間、ディナーは、大抵そこを利用していました。回転レストランからの展望は、ぐるっと一周して海岸に沿って並ぶ椰子の木陰、青い海、セブの町並みが見渡せました。
フィリピンではこんな回転レストランがないのですから、私は貴重な体験をしたことになります。空が黄昏て星が瞬き始めますと、エレクトーンの生演奏が始まります。
導入曲は「星を求めて」でした。星空と音楽が融合したような透明なエレクトーンの音色が、聞いたことのないほど透明で質の高いものでした。この演奏に加えて、女性歌手がビートルズナンバーを歌ってくれましたが、そのアルトの軽快な歌い方は心地よく、こんな上手い歌い方をする女性にかつて会った事はありませんでした。しかも、フィリピン特有のプロポーションの美貌の女性でした。
エレクトーン奏者との出会い
エレクトーン奏者は、まだ若いテーンエイジャーでしたが、この青年の弾くエレクトーンは、陰影があって単なるポピラーソングを弾いても単調でなく立体的で奥行きがある音質を作り出すのでした。
後で知ったのですが、青年は孤児で教会で育ち、パイプオルガンを少年の時から練習してエレクトーン奏者になったとのことでした。
彼の演奏に深みがあり心揺さぶられるような音質を作りだせる訳が分かりました。
一時間かけて回る回転レストランは、私にとって至福の場所となりました。
青年の育った教会に案内される!
休日は、その青年が自分の育った教会に案内してくれました。
今では、その教会の名前を忘れてしまいましたが、大きな立派な教会であったことを覚えています。
私は、青年のエレクトーンの音色が忘れられず、帰国後、とうとうエレクトーン教室へ通い当時20万円もしたエレクトーンを購入してしまったくらいです。
でも、全く才能がなく挫折してしまいましたが、あのエレクトーン奏者に出会わなかったら私はエレクトーンも習わなかったでしょうし、もし癇癪紛れに他のホテルへ移動していたら、貴重な出会いも体験できなかったでしょう。
ホテルでネズミと遭遇したり、時を告げるニワトリの声に起こされた体験も、今では貴重な体験として私の心のアルバムに貼り付けてあります。